天才絵師・伊藤若冲を知る。その唯一無二のすごさとは。

仙人掌群鶏図の一部

皆さんは「伊藤若冲」をご存知ですか?若冲は世界でも珍しいタイプの絵師で、近年更に注目されています。

最近では生誕300周年だったり、直木賞の候補作品となった澤田瞳子さんの小説「若冲」でも話題になり、若冲周辺の温度感が上がっているように感じます。

そんな若冲ですが、どんな人物でどんなところがすごいのか、ぼくの知っている範囲で簡単にお伝えしていこうと思います。

強い自分を持ちそれを表現し続けられた絵師

まずは若冲の生い立ちを簡単に書いておきます。

京都・錦の青物問屋の長男に生まれる。これは現在でいうところの商社の御曹司のようなもので、かなり裕福な家庭だったようです。

そして、父親の死により20代前半にして跡目を継ぐこととなります。一応20代の終わり頃から絵を学びだしていたそうですが、比較的遅いですよね。はじめの頃はとにかく狩野派の絵や中国の古画を模写していたそう。

そんな若冲が画業に専念するのはなんと40歳になった頃で、それから85歳でその生涯を終えるまで情熱は衰えることなく、描き続けた人生でした。

ちなみに若冲は、相国寺や石峰寺などとゆかりの深い人物で、そちらでは現在も若冲の作品やお墓をみることができます。

若冲は世界的にみても珍しい絵師

若冲を紹介する際には「世界的にみても稀有な画家」と紹介されることが多いです。

それはなぜかというと、若冲はほとんどお金目的や生活のために描くことはなかったからです。創作活動をする上で、これができたのは実に大きいことでしょう。

世界のどんな偉大な画家であっても生活を気にしながら描いたりお金の為の仕事を必ずしています。もちろんパトロンやクライアントの意見を汲むことで自分の思うように描けない作品もたくさんあったでしょう。

しかし、若冲にはそんなものはありません。だって、お金持ちだから(笑)。お金の心配どころかアトリエも数箇所持ち、稀少で高価な画材を惜しげも無く使用して絵を描きまくっていました。

これは世界の美術史においてもかなり恵まれた環境だったのは間違いないです。

バイタリティと才能があってこその若冲

ここまで読んでいて「ただのボンボンで恵まれてただけやろ」と思った人もいることでしょう。

でもそうじゃないんです。お金があっただけで現在も評価される作品を数多く残すのは不可能ですよね。

では、若冲の何がすごいのか。

それは新しい技法にいつまでも挑戦したり、80歳を過ぎても大作にチャレンジするバイタリティ。そして、圧倒的な画力で幾つもの技法を使い分けることができる才能でしょう。

そんな天才が財力に恵まれ、人間に恵まれ、時代に恵まれたからこそ奇跡の天才絵師・伊藤若冲となったといえます。

奇跡の存在といえば大げさかもしれませんが、ちょっと伊藤若冲に興味を持てた方はオススメの本を紹介しておくので、読んでみてください。

若冲の作品がたくさん載っているので、その凄さがわかると思います。